2018年6月12日火曜日

金井美恵子『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ』

噴き出して、クスクス、ゲラゲラと笑ったり、うっとり、身悶えしたいのを堪えて、ため息を吐いたり、めまいと、喜びと、戸惑いと、込み上げてくる叫びを飲み込んだまま、その手強さに酔い痴れて、とてもとても快く幸福な心地で、楽しむ。
魅惑に満ちている。刺激に満ちている。恐るべき豊かさ。恐るべき細やかさ、緻密さ。その繋がり、連なりの強靭である事、滑らかである事。辛辣で、もっともで、この上なく的確で。それ故に読めば鮮烈に感じる。どれだけ美しいか。どれだけ甘美であるか。どれだけ陳腐で、退屈で、くだらないか。強く強く思い知る。
いつか、やがて、それも繰り返し、至福として甦り得る、再び現れ得る情景と瞬間と感覚。夥しく、境目なく、区切りなく、溶け合い、混ざり合い、柔らかに、豊かに、潤っている、魅惑。そして愛するもののよさを語る際の金井美恵子の言葉の素晴らしさよ。その言葉によって石井桃子を読む事の喜びを強烈に思い出すと言う贅沢。
〈何かを語るということは、「いま」ここで私の記憶を語ることだ。〉〈祖父や姉の言葉や肉体や、雪や花や風や光や本や、その他すべてをひっくるめて私を形づくっている記憶としての肉体が、それを聞く耳に向って発する言葉。〉〈傾けられた耳を持つ柔らかな肉体を、言葉の触覚でもって文字どおり、心地良くくすぐり、言葉を受け入れる用意の整った柔らかな肉体に、新たな記憶--幾たびも新たな記憶--を生み出すということだ。〉〈石井桃子の「お話」とは、そうした言葉と記憶なのである。〉



「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ
金井 美恵子
講談社
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