2020年3月8日日曜日

アンナ・カヴァン『草地は緑に輝いて』

追われている。常に怯えている。常に脅かされている。不穏を象るイメージの数々…。尊大で、傲岸で、威圧的で、独善的で。強く、重く、古めかしく…。明るささえ、度が過ぎている。あまりにも鮮やかであり過ぎていて、攻撃的なまでに、輝いている。息苦しい。抗うだけの力も、方法も持たぬままそれらと相対する痛み。削がれてしまう。奪われてしまう。ただひたすらに、打ちのめされてしまう。開けているのに、確かに広がっているのに、そこは閉ざされている。決して届かない。決して出られない。
宣告はやはり、唐突で、冷酷で、常に一方的なもの。決して覆す事は出来ない。決して拒む事は出来ない。その謎めいていて、不条理で、けれど絶対的である事。誰も聞いてはくれない。説明してはくれない。選ばせてはくれない。ただ、強いるのみ。従わせるのみ。当然の事として、取り消しようのない決定として、命令として、下すのみ。現れもせず、明かす事もせず、ただ突き付けるのみ。
選択権のなさ、主導権のなさ。何一つ認められてはいないと言う感覚。常に監視される側であり、審査される側であり、左右される側であると言う感覚。委ねられている。自分以外の、誰かに。自らの生を、命運を。何もかもが疑わしく、信じられない。気を許せるもののなさ、安らげる場所のなさ。容易く裏切るが故に。容易く豹変するが故に。人も、景色も、世界も。敵意に満ちた、この上なく残酷なものへと。終わりさえ、そう容易には訪れてはくれない。何もわからぬまま、待つと言う事。待つよりほかないと言う事。それがいつであるのか。どう言う形であるのか。教えられる事もなく。鋭く、張り詰めたまま。問う事も、逃げ出す事も、抗う事も出来ず。ずっと不明瞭で、不安定で、危ういまま。翻弄され続けるほかないと言う事。
深遠で、不可解で、幻惑的なイメージの数々が、その恐怖を、絶望感を、快不快のすべてを、痛切に伝える。時に耐えがたいほどの、目を逸らしたくなるほどの繊細さを以って象る。


アンナ・カヴァンの小説において、不穏や脅威や恐怖を象るかのような現象や情景の、そしてそれを物語る言葉の、繊細で、幻惑的で、鮮やかで、酷く鮮やかで、硬く、手強く、美しい事…。始まりから、潜んでいる。始まりから、秘めている。厚く、重く、憂鬱に、立ち込めるかのように。鳴り響き続ける。
不安であり、恐怖であり、不穏であり、脅威であり、嫌悪であり、絶望であり、幻想であり、現であり、イメージであり、そのいずれでもあり、確かにそのいずれでもあり、けれどそのいずれにも属してはいないと言う感覚。そのいずれにもおさまってはおらず、容易に変化し、だからこそ、逃げ場もないような。だからこそ、その言葉は限度も境目も持たぬ美しさと豊かさを備え、読むものを魅了し、魅了し続け、永く、密やかに、けれど鮮烈に、存在し続けるような。



草地は緑に輝いて
草地は緑に輝いて
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アンナ・カヴァン
文遊社
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