2020年4月17日金曜日

皆川博子『少年十字軍』

愛おしい。エティエンヌも、ルーも、アンヌも、ジャコブも、ドミニクも。愛おしくて仕方ない。彼等の愚直さや明るさ、暗さや寡黙さや聡さ、強さや狡さや脆さや弱さ、と言ったもののすべてが。彼等の不安や戸惑いや葛藤、皮肉や怒りや疑問、笑いや喜びやじゃれあいや安堵、と言った、すべてが。
異常の側にいる者。異常の側にて、静かに佇み続ける者。正常の側から、その無垢さを、煌めきを、懸命に守ろうとする者。自らがそちら側に行けぬ事を、もっと近くで寄り添えぬ事を、もどかしく思いながら。壊れぬよう、傷つかぬよう、切実に支えようとする者。その煌めきを、奇跡を、頑なに信じようとする者。頑なに信じ続けるが故に、苦しむ者。見え過ぎてしまう者。見え過ぎてしまうが故に、皮肉な顔をしている者。或いは当て馬周囲の良心。みな愛おしい。よくわからないまま、何一つ自覚する事もないまま、自らの感覚の赴くままついて行き、憤ったり、庇ったり、笑ったり、喜んだりしている内、最早離れられぬほどに強く馴染んでしまった者の言動に、自分は特に、救われる。
それは多くを知る者の眼差し。醜悪な争いや欲望に巻き込まれ、翻弄され、利用された子どもたちの姿。如何に過酷か。その強いられた生が、環境が。如何に悲惨なものであるか。よく知っている者の眼差し。凄絶なまでの無を。虚ろさを。混沌を。その如何に残酷で、不条理であるか。世界の、死の、殺戮の、多くを目の当たりにし、直に触れ、感じて来た者の。 祈りであるように思う。この作品自体が。皆川博子の、眼差しそのものであるように思う。子どもたちに対する。醜悪な争いに、欲望に、巻き込まれ、翻弄され、利用され、果てのない過酷さの内にて生きる事を強いられた子どもらへの。思いそのものであるように感じる。

綺麗で、温かく、眩く、けれど決して生易しいものではない終わり。虚ろさをなにで満たすか。自ら選び、その重さを、終わりのない事を、受諾した者の決意をも含め。愛おしい。