2020年5月3日日曜日

森茉莉『私の美の世界』再読の記録

紛いもののなさ、贋物が紛れ込む余地のなさ。美、のみがある世界。森茉莉の愛する。美、のみで出来ている世界。眼にも美しく、幸福で、楽しいそこ。魔のもの。魅惑。夢幻。すべて本当の、ほんもののそれ。美を、魔を、ほんものを選び、愛する森茉莉の眼と、美の、魔の、すべてを本当にしてしまう森茉莉の言葉の素晴らしさ。享受する。その色彩の、香りの、姿形の。よさや濃さ、淡さ、綺麗さ、甘さ、不鮮明であるが故の艶、妖しさ。楽しみ、羨望する。
 森茉莉が見る夢の、そのものの色や香り、容姿に見る夢の、潤沢で、鮮やかで、終わりのない事。言葉は夢を、無数の夢を、たっぷりと含み、重く、柔らかに、煌めいている。強く、甘やかに、艶めいている。その親密さが何よりも羨ましい。森茉莉と美との、その美の世界との、親密さが。そこはまさしく、森茉莉の世界であり、そこにあるすべてが、森茉莉のもの。数多の美。魔を含む、数多の美と夢。或いはかつて自らのいた場所、かつて心より親しみ、安らぎ、くつろいだ空間。今なお愛してやまぬ微笑み。緩やかで、幸せな、悠久の光景。森茉莉の語るそのすべてが、褪せる事なく、消え失せる事なく、森茉莉のものであり続ける事への、羨望と感嘆。

どう考えても、今には森茉莉が必要なのではないか。褪せない、薄まらない、弱まらない。尽きてしまわない、枯渇してしまわない。その怒りも、喜びも、悪口も、幸福も。いつまでも強く、色濃く、豊かで、鮮やかで、絢爛で、美しい。無際限の森茉莉が。