より陰惨に、より魅惑的に、物語は深まって行く。より邪悪に、より残酷に。より悲しく、より恐ろしく。物語は高まって行く。読者はやがて正常さを失う。幻と現実の。偽りと真実の。その歪み、境目のなさ。わからなくなって行く。緩やかに、けれど着実に閉ざされて行く。危うい平穏。不穏さに満ちて行く。気付けばもう逃れる事は出来ない。
物語に溺れる。物語に沈む。極まり行き、おぞましく、邪悪に膨らんだ。物語に狂う。その威力の強大さ。物語は容易く踏み躙り、奪い、壊す。読者として選ばれた者達の生を。容易く操り、捻じ曲げてしまう。怒りを、憎悪を、或いは陶酔と羨望の感覚を、鮮やかに刻み込み。平然と、読者を縛り付ける。それを創り出す者が、求めれば求めるだけ、物語は肥大化し得るものであるが故に。物語はやがて作者さえ、凌駕する。作者すら、飲み込まれて行く。その愚かしく、悲しい事。
未だその感覚の内に在る。物語によって刻み込まれた、強烈な、悪夢のような、その感覚の内に。読者としての役割を終えてもなお、当然、消し去る事など出来るはずもなく。未だ縛り付けられたまま。あまりにも多くのものを失ったまま。けれど確かに、救いはあった。進み行く者への、祈りの内に。陰惨な物語を脱し。真実の残酷さを思い知り。それでも、進み行く事を選んだ者への。願いの内に。甘く脆弱な、幻想めいたそれとは異なる、確かな救いを見た。その強さも葛藤も、壊れ行く様も、抗う様も、その醜さをもよく知る彼女の幸せを、自分も願わずにはいられない。