2020年6月27日土曜日

泉鏡花『鏡花紀行文集』

ゆっくり読み続けて、何とも贅沢な時間であった。親しく語りかけるかのように、砕けていて、お茶目で、流暢で、柔らかく、打ち解けた語り口と、旅の道中に見る景色や瞬間瞬間の、或いはそれらを物語る言葉の、驚くほどの美しさ…。そのいずれもに、酔い痴れる贅沢。数々の夢幻めいた光景と、砕けた軽妙な語り口の、そのいずれもに、見惚れてしまう贅沢。
寛げて、笑えて、美しい。鏡花の語る風景は、瞬間は、美は、本当に、はっとするほどに、息を飲むほどに、凄い。魔のものめいてさえいる。異界だろうか、と思う。親しみ深く、寛いだその言葉に誘われて、いつの間にやら現を超えて、異界にまで、魔のものたちの領域にまで、連れて来られてしまったのではないか、と思う。
怖いほどに美しい。不穏なほどに、気味が悪いほどに、美しい。その怖さ、恐ろしさを愛する。泉鏡花の語る美の、言葉の、その不穏さ、気味の悪さ、現を超えた類のものである事を、人ならざるもの達の領域のものである事を、自分は愛する。

しかし相当ウキウキ軽やかな泉鏡花であった。こちらまで楽しい。『おばけずき』でも読んだけれど、「木菟俗見」が特に好き。「玉造日記」の白猫のくだり、前脚で暖簾を、ちょいちょい、ちょいと行る、のくだりも、何だか凄くいいなあと思う。軽やかな音と動き、愛くるしくもあり、ちょっと怪しくもあり。妙に印象に残る。