2020年7月25日土曜日

服部まゆみ『この闇と光』

美を貪る。闇に在るまま、全身を以って、貪欲に、無際限に、吸収する。自らに与えられるものを、注がれるすべてを、余す所なく。まるで自らの養分とするように。美の、あらゆる至高を。煌めき、芳香、悪を含む、退廃を含む、数多の魅惑を。甘やかな愛と、激しい憎悪を。姫は気高く純粋で聡明で、誰よりも幸福で、不幸。導かれるまま、誘われるまま。触れ、学び、理解し、瞬く間に育って行く。麗しく、可憐に、繊細に。最早そこでしか、生きては行けない。
見えぬまま全身を以って感じ続けていた美の、享受していた世界の、自らのすべてであった闇の、豊かで輝かしく、甘やかであった事。自らを委ね、全託し得た、その何もかもを信じていた存在の、絶対的であった事。与え、教え、自らを庇護していた存在の、自らを作り上げた存在の、絶対的であった事。あまりにも残酷な。あまりにも酷い幸福。注がれ続けた毒は、薄れる事がない。至高を知る者にとって、外は愚かで醜悪で、許し難く、耐え難い。
美は悪を含み、退廃を含み、暗さを含み、その香りを以って、煌めきを以って、人を魅了するもの。甘く、輝かしく、不穏に満たし、人を虜にするもの。その最上を知ると言う事。その最上によってのみ、作り上げられたという事。孤独と葛藤と、当然の思慕。ただ唯一それだけを求めると言うような、切実な思慕。それを抱く事はあまりにも当然で、明白な事であるように思う。