2020年7月25日土曜日

金井美恵子『愛の生活/森のメリュジーヌ』

迷宮めいている事の、不毛で、困難で、熱く、息苦しく、曖昧で、不確かで、区別がなく、境目がなく、綺麗で、醜悪で、耐え難く、逃れ難く、豊かで、猥雑で、鮮烈で、きりがなく、繰り返しの、不可避性の、快さであり、不快さであり、迷宮めいている事の、魅惑を語り、そのすべてを語り、またそれ自体、それら自体が、魅惑であり、そのすべてである言葉。湿っている。じっとりと、まとわりつく程に、肌に張り付いて、離れぬ程に。含んでいる。じゅくじゅくと、ぬめり、潤み。はち切れんばかりに、熟れている、膨らんでいる。生を含み、死を含み、触れればそこから、みるみる腐り行くような、その丸みと膨らみの、危うく、蠱惑的である事…。
それらは酷く臭う。その内に含む、すべての臭いを発するかのように。臭っている。多くの、無数の、あらゆる臭い。土と水と、葉の臭い。花の臭い。爛熟の臭い。汗の、体液の臭い。血の臭い。黒々と凝固した。夜の臭い。腐臭。吐瀉物の、汚穢の臭い。獣じみていて、柔らかく、乳臭く、温かで、獰猛な、快楽の臭い。生の臭い。甘やかで、官能的な。死の臭い。鮮やかに、濃密に。混ざり合い、重なり合い。立ち上って来る。立ち込めている。
魅惑として、愉悦として、生き続けるそれら。相互的に、永続的に、促し合い、誘い合い、自らの含むすべてを立ち上らせながら。生き続けるそれら。無際限に続き、佇み続けるそれら。魅惑を語り、自らもまた魅惑であるその言葉たち。読む事の幸福を叶える、唯一無二の、その言葉たち…。


獰猛さを感じる。不都合で、熱く、熱っぽく、物憂げで、気怠げで、切実で、鋭く、はしっこく、獰猛であると感じる。初期の頃の作品。自分はその獰猛さがたまらない。その鋭さと熱っぽさ、はしっこくて不都合な感じがたまらない。不毛さを、難事を語り続ける言葉の連なり…執拗で、緻密で、濃い。
代替不可能の幸福。金井美恵子を読む事、その楽しさ、不快さや苦しみや手強さ、憂鬱をも含む、その快楽と向き合う事、読んでいた時分の感覚、如何に彷徨い、如何に体感し、生きていたか、読む事で生き直した光景や空間や、時間について考え、思い出す事。それこそが、自分にとって、何よりの。