女王の言葉は常に、この世界に在って、疎まれ、嫌忌され、或いはないものとみなされ、ただ不条理に、翻弄され続けた者たちと共にある。痛みに、苦しみに澱み、滞る、暗がりに潜む者たちをこそ愛する。安寧に昇華される事なく、暗がりに滞留し続ける悲哀を、欲望こそを描き出す。その奥底にあるもの…。多くの凄惨な記憶。惨たらしく、忘れ難く、今なお強烈な印象を残し続ける。或いは魅惑、自らの持つ情景とも重なるような、濃密な魅惑の数々。或いはそれらによって魅惑される事の、読む事で魅惑される事の、幸福と愉悦の記憶。誘われるまま、どっぷりと浸かり、全身を以って感じる。
数多の魅惑が棲む皆川博子の世界。矢川澄子がいた。意外ではないし、不思議ではないのだけれど。奇妙に煌めいて見える。物語る最中、しばしば入り込む横道がまた嬉しい。書き始めたばかりの頃の事や、『聖餐城』や『死の泉』の事、それら魅惑により誘われ、作り上げた世界の事、しっかりと記憶する。
本筋ではなく横道にて出会い、印象に残ったもの…小泉喜美子、「ミツバチのささやき」、今村夏子、小川未明、吉岡実、『夜想』への言及、多田智満子、豊かな戦後読書遍歴と、女王はとかく魅惑に対して大変鋭敏で、また貪欲であられる。そして自分は『十四番線上のハレルヤ』が特に気になる。