2021年8月7日土曜日

『ヴァージニア・ウルフ短篇集』再読の記録

「堅固な対象」「キュー植物園」「壁の染み」特に惹かれる。「月曜日あるいは火曜日」も忘れ難い。視線、思考、意識、絶えず続き行くもの、流れ行くものを捉える(追う、並走する)言葉、言葉によって押し広げられて行く。危うく、不穏に、時にユーモアラスに。視線は近く、マントルピース等、けれど思考思索は遠く、彼方へと飛ぶ。人は静かに佇み、小さな暮しの範囲の中にあり、けれど意識は絶えず動く、流れ行く。一瞬と言うものの酷く長く、膨大である事、本当に様々な事が行われている。一度注視し始めれば、方々で際限なく好き勝手に深まり行く様が見える。驚くほどの考えと意識が錯綜し、絶えず何かが起こり、起ころうとしている。人そのものの動き自体はささやかで狭小なものであったとしても、静に在ったとしても。深刻で、切実で、喜ばしく、或いは虚しく、痛切な、様々な事が、方々で起こっているし、行われている。いくつもある巣箱の中をのぞいているかのよう。それぞれに切実で重い逡巡と偏執と思索。
錯綜する無数の声を耳にした。耳をすませて聞こうとするのではなく、耳にした。近くを見たまま、静止したまま、どこまでも飛躍し、自在に枝分かれして行き、深まり行く様を目にした。そして美しさ、煌めきも数多見た。人知れぬ密やかな自然の中において、一瞬の内に行われ得る営みの中でも最上級に美しい煌めきをも、数多見た。 

「キュー植物園」ひどく、殊更に象徴的に感じる。緩慢に、克明に見える一瞬。長く、押し広げられた一幕。声、声、言葉、饒舌、沈黙。とりとめのない、無意味な、不毛な、けれども重要な、切実な。それぞれがそれぞれの思索と逡巡にとらわれている。自らこだわり、とらわれている。
「堅固な対象」その確信と情熱が、魅惑された者の強さと直向きさが、彼を他の一切から遠ざける。かつてのすべてを無価値化する緊密で明確な輝き。彼をかつての一切から隔ててしまう。かつては容易く価値を失ってしまう。どこまでも明晰で硬質な筆致。