2019年5月30日木曜日

笙野頼子『居場所もなかった』

どこも住みたくない。どこも住みたくなかった。どこにも、の、に、を発音する余裕さえ失う。に、が抜け落ちてしまう程の余裕のなさ。追い込まれ具合。困難過ぎる。やりにく過ぎる。生き辛過ぎる。悪夢のようなズレ。どうしたって必要だというのに。その防犯と防音が。自分が現実を生きて行くためには。
見知らぬ地名より広がる不安。字面だけで怖い。得体が知れない事への恐れ。どこも住みたくない。住む場所のなさ。居場所のなさ。外と自分のその隔たり、オートロックの必要不可欠さ。まったく伝わらなくて、どうにもならない。まったくうまくいかなくて、どんどんおかしい。どんどんおかしくなって行く。無限にさえ思える地獄。
こだわりも思い込みも理由も苦悩も捻れ過ぎて最早幻想と化す。外界は噛み合わなさ過ぎて最早異世界と化す。けれど問題はあくまでも現実的なものであるまま。語り手は当然、それをわかってもいて。極めて現実的な問題を、極めて現実的に語り続けてもいて。踏み止まってもいて。だからこそ、際立つ。滑稽さも、不条理さも。
現実を生きて行くために、理不尽であったり不当であったりする外界の出来事を処理し生きて行くために、妄想を要する。内向的過ぎる語り手が持つまともさ。外界に対処し続ける、まともさ。とんでもなく内向的で、けれどその小市民的なまともさをも備えた語り手の言葉であるが故に。際立つ。外界にて語り手が遭遇する前提や決まりや、当たり前のおかしさ。果たしてどうすればよいのか。詰み、の状態。どこに行っても、妄想を用いても、それらはつきまとう。徹底した居場所のなさ。



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