2020年5月5日火曜日

倉橋由美子『暗い旅』再読の記録

過ぎ去り、滅び去り、失われた愛。不在のかれ。失踪と言う一方的で、唐突な。裏切り。破棄。内へ、内へと戻る旅。不在より、始まる。終わりより退行し、流離い、始まる。あなたが書き始める事の必然さ。それはあまりにも必然的だ。その必然に至るまでの、失われた愛を求め、どこまでも、退行し続ける旅の暗さ。硬く、冷たく、静かで、不毛で…。重い。膨大であり過ぎる。あまりにも厳格で、巧妙であり過ぎる。けれど完璧ではない。若い。若く、それ故に危うい。それ故に、必要とした。巡礼。儀式めいた試み。それ故に、使い捨てた。吸収し、解き放ち、再構築し。それ故に、至り得た。愛の、共犯関係の終わり。かれの失踪、疑いようのない裏切り。解き放たれると言う事。書き始めると言う事。その必然さ、確実性。あまりにも明確だ。忘れ難い。充満していて、切実で。熱い。暗く、重々しく、静かに、熱い。
"もの"の存在感…。"もの"の一つ一つが、重く、手強く、見過ごす事を許さない。場所、土地、地名、引用される言葉や音楽もまた。何かずっと、鳴り響いている気がする。暗く、不穏に。なにもかもが、示唆している。明らかに、偶然ではない。偶然のものではない。ただあるのではない。"もの"の、言葉の、その存在感。すべてが象徴めいている。

あなたを読んでいる。自らを、かれを、かれとの愛を、読み解くように、旅し続けるあなたを。読む事で、自分もまたそこに至る。あなたとして。立ち合い、目撃し、感じ続けた事で。あの腐刑。境目としての。あの醜悪な出来事。以後の、世界との関わり方、あなたのスタンスの変容。或いは出会い。かれとの、唯一無二の、共犯者とでも言うべきかれとの。戯れや交歓。最上のものであったはずの契約。愛。不在。失われるまでの、すべて。或いは絶望。期待と理性、嫉妬、嫌悪。徹底した自己演出と綻び。涙、嗚咽。或いは解放と、再生と、始まり。共に旅し続けた事で。自分もまた、そこに至る。書き始める事の必然さに。書き始めると言う、その行為こそが、必然である事に。