2020年8月19日水曜日

服部まゆみ『罪深き緑の夏』

悪夢のよう。まだ覚めていない。まだ囚われている。まだ拘っている。めまいにも似た感覚。愛憎を、美を、歪みを、或いは希求し続ける者の苦しみと歓喜を、欲望を、執着を、屈辱と恐怖を、甘やかな痛みを、渦巻き、交錯し、絡まり合うそれらを、区別なく、途切れる事なく感じ続ける事。溶け合っている。続いている。切り出す事が出来ない類のもの。平穏さえ、明るささえ、その一部。背徳を秘する夏の。
魅入る事の、狂い出す事の、逃れ難さ、当然さ。あの日。密やかで、惨めで、後ろ暗く、それ故に甘美な。あの恐怖と高揚の記憶。既に始まっていたのだと言う事。既に決まっていたのだと言う事。予兆めいている。確信めいている。けれど完全には見えない。捉えられない。深部へと向かうほど、見えなくなる。物語は暗転するたび、酷く曖昧に、ぼやけて行く。美を求める者、或いは美、そのものである者、それぞれが濃さを増して行くために。それぞれが内へ内へと、沈み行くために。他の介入を、すべてを明らかにしようとする詮索の、一切を拒むかのような。重さ、色濃さ。それぞれが秘するものの深遠さを、複雑さを、そう簡単には解き明かせぬ類のものである事を物語るかのような。