2020年9月8日火曜日

金井美恵子『金井美恵子エッセイ・コレクション3 小説を読む、ことばを書く』

読むことの、書くことの、喜びや快楽、不毛さや、果てのなさ、苦痛、尽きる事のなさ、或いは魅惑、魅惑そのものである感覚の事…。岡本かの子、石井桃子、武田百合子、森茉莉、大岡昇平、中上健次、澁澤龍彦…。次々と、どうしたって、読みたくなる、読むほかなくなる、今一度、幾度となく、読む事で、生き直したくなる、生き直すほかなくなる。その言葉が、その言葉こそが、向かわせる、誘う、読む事の楽しさへと、見知らぬ、新たな、別の、或いは馴染み深い、よく知った、幸福へと、終わりのない、苦しみをも含む熱、欲望の内へと…。
重く、物憂く、強靭な快不快…し終えぬ事、し尽くせぬ事を、或いは快楽を、喜びを、反復と連なり、その無際限である事、連綿と続いて行く事を語る言葉の、繊細であり、豊かであり、強く、緻密である、あの文章の、本当に、迷宮めいている事。没頭する幸福。寝入りばなに耽る何とも贅沢な。あの迷宮感とでも言うべき広さと深遠さ、見通せぬまでに続いており、無数であり、無数にあり、決して到達し得ぬと言う事…。すっかり迷い込んでしまう、至福。どこまでも、いつまでも、迷い込み、迷い込み続け、飽く事なく、覚める事なく、彷徨い続ける、至福。彷徨い続ける事が出来る、至福。
読む事の喜び、魅惑と快楽を語る金井美恵子の言葉のその、ふくらみと柔らかさと甘美さと手強さと色彩と光沢と香りと自在さと豊かさと繊細さが、鮮やかに立ち上るそのすべてが、自分をまた別の、更なる読む喜びへと向かわせる。石井桃子の『幻の朱い実』、或いは岡本かの子、或いは武田百合子…。如何に楽しく、豊饒で、鮮やかで、幸福か。如何に熱く、凄まじいか。今一度思い知るかのよう。今一度思い出し、魅了され、魅了され直すかのよう。どうしたって読みたくなる流れの必然さ。
(逆に如何に矮小で陳腐で品がなくてくだらなくて愚かで的外れであるかを明らかにして行く言葉の鋭さと的確さと巧みさもまた素晴らしいのだ。いつも吹き出してしまう。職場の休憩室で笑いを堪えながら読んだりもする。)