2020年10月16日金曜日

久生十蘭『十字街』

途方もなく不条理で、惨たらしい。とんでもない事に巻き込まれてしまっている。あまりにも根が深く、底が知れず、強大。手のつけようがないほどに、腐っている、腐り切っている。保身、欲望、憤懣、清濁どちらも、入り混じり、うねりと化しており、逃れ難く、避け難く。惨めにも翻弄されるほかのない、個々の無力さよ。 
恐ろしい。その高まり。そのうねりに同化出来ないものを異物として排するやり方。個々を平然とひねりつぶすやり方。真実など容易くねじ曲げられてしまう。魑魅魍魎めいた闇とうねり、巻き込まれた者達の無力さと抗う様、久生十蘭の瀟洒にして冷徹な筆致が映える。 
本当にもう、根が深過ぎる。手強い所ではない。どうする事も出来ない。魑魅魍魎。その腐敗。強大であり過ぎる。複雑で雑多で、邪悪であり過ぎる。不条理。非道であり過ぎる。余地がない。事実を語る事が何よりも冷徹に映ると言う皮肉さ、悲哀。保たれ続ける諦観の筆致に引き込まれてしまう。

異国において巻き込まれ、翻弄される他のない個々の、切ないほどに非力で、無力である事よ…。活躍など出来るはずもない。如何に魑魅魍魎めいているか、如何に邪悪で強大であるか、個々など易々と葬り去られてしまう事を、黙殺され、ねじ曲げられ、ないものとされてしまう事を、その小さな存在を以って証明しているかのよう。
自浄作用のなさ。壊してしまう事さえ出来ない。膿を出すのではなく、何もかもなかった事にすると言うやり方。うやむやにする事。隠蔽。黙殺。目くらまし。今もあり、恐らくはこの先も繰り返されて行くであろう事ども。街並みはどこまでも、皮肉なまでに美しい。