2021年4月24日土曜日

山尾悠子『山の人魚と虚ろの王』

酩酊。まずはただ、連れ去られるまま、楽しむように。多くと出会い、多くを目撃する。鮮やかな目の記憶。魅惑であり驚異である数多の景観と光景と構造。膨大な中の、断片であり、ほんの一部分であるもの達。複雑に、境目なく混ざり合っており、巨大な夢と化しており、そう容易には解きほぐす事が出来ない。 
平素自らが在る場所とは異なる領域を旅する事。最早身遠く、けれど知ってはいる領域を。曖昧な記憶と夢、伴侶の謎めいている事。道連れとなる分身めいた存在、極めて俗的な彼等。二重の反復。妨害者と演者様々。拒む事、選び取る事、なかった事にしてしまう事。共犯者的関係性への着地と、ひどく象徴的な音のする事…。冒頭の回想、その言葉の忘れ難さ。何かこう、し終えた後、果たされた後、そこへと集束して行くような。読み終えた後、奇妙に浮かび上がって来る。自らが立ち返るべき言葉であるかのように。奇妙に煌めいて浮かび上がって来る。
しかしながら目まぐるしい旅程。片時も誰も何もかも信頼は出来ないし、安心も出来ない。次々と魅惑に、美に、驚異に出会う。膨大な、無数のイメージ。装飾や料理や、或いは肉体、建造物と言った。圧倒されるほかないような存在感と迫力を備えたそれら。そしてしばしば見聞きする、存外なほどに馴染み深い感情やささやき。虚ろさと言ったもの。いつもながら凄まじく、素晴らしく、たまらないと思う。
自分は特に、服飾の描写と、肉体や建造物の過剰さであるとか歪み、偏りを目前に浮かび上がらせるようなあの描写、或いは渦中において、よく動く人、静ではなく、動の人(体感、それは女性である気がする)の軽やかさや自在さや気さくさ、と言ったものに魅力を感じる。