2015年6月19日金曜日

アンナ・カヴァン『氷』

凄絶な美しさと、圧倒的な冷酷さを以って、世界を無慈悲に飲み込んで行く、氷。迷い込む不穏なビジョン、多くの歪みを鳴り響かせるよう、現であるはずのものと、境目なく混在。夢のような不確かさ、幻に彷徨う曖昧さの中で、世界は確かに、終焉へと向かって行く。
心を奪われ、犠牲者として在り続けることを定められたものの、悲痛な叫び。その脆さこそが、自らを捕え、自らの残酷な欲望を誘発するのだと、身勝手に酔い痴れ、葛藤するものの心に映るが故に、瀕死の世界はひどく甘美に、蠱惑的に映る。絶望さえ、逃げ場のなささえ、抗えぬ無力ささえ、世界の凄艶さを高めるような。弱々しい叫びだけが、夢に覆われた現の虚しさを、抉り出すような。
殺戮、略奪、広がり行く退廃の凄惨な醜悪さ。世界を染める滅びの美しさ、厳しさをより一層知らしめる、人々を染める自棄の、惨たしい色彩。いびつに膨らむ焦燥。だが、冷気に閉ざされた世界の中、迸る言葉が歪みを溶かし、終わりだけが粛然と迫り来るそこに満ちるのは、重厚な愉悦。すべてを得、すべてに満ち、なにものにも代え難い、安堵に似た。
凍りつくほどに恐ろしく、美しい終焉、魅せられ、自らもまた世界とともに、覆い尽くされて行く。



……何だか物凄いものを読んだと言う印象。



氷 (ちくま文庫)
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アンナ カヴァン
筑摩書房
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