『木』は本当にいい本であると思う。幸田文の言葉は綺麗だ。読み返す度、そう思う。何度も何度も、敵わないと感嘆し、堪らないと破顔し、幾度となく惚れ直す。何度も何度も。木、それぞれの様相を、それぞれの装いと、着物に見立て、それぞれによさを見出す、思いの巡らせ方。その目を通せば、風が運ぶ雨でさえ、ふわりと着せる、木の羽織へと変わる。なんとも好ましい。
何か一つ切り取るのではなく、脈々と流れ行くもの、育ち行くものを見遣り、その息吹、脈動に触れる。生も、死も。強さも、酷さも。尋常も、猛りも。すべてを見てこそと、力強く。知りたいと、ただ静かに愛し、恐れ、感じ取るように。見立て、近付き、親しむように。言葉もまたそれらを素直に、慎ましく伝える。覚えた思い、自らの内に納まりきらぬと、始末しあぐねる様、その戸惑いや、わからなささえも。飾りを要さぬ素地の美しさ、言葉は綺麗に、たくましく息づき、ああ、やはりこれだなあと、心が晴れて行く。
としをとると、身が痩せて軽くなるとともに、心の錘も痩せる…
老いには様々な形があるようだが、錘が痩せるという形もあるもの…
もう本当に敵わない。