血生臭い事件の予感に、お嬢さんは立ち向かう。聡く、小生意気なお嬢さん。心は貪欲に様々を摂取し、言葉と頭はぐるぐると痛快に回転。皮肉は鋭く、小憎たらしいほどに心地よく軽やか。そして強い。お嬢さん、強し。多くを煮詰めた胸の内でさえ、素朴に生じたまま、未だ純度を損なわぬ(むしろ多くを煮詰めた後であるからこそ、より純度を増した)思いを、その原動力とするが故に。自らを戦いへと駆り立てるそれらを、見失わぬが故に。たちこめる熱気の中、臆することなく、無力に立ち竦むことなく、切実で、泥臭い熱情なぞ、歯牙にもかけることなく、ただ思いにのみ懸命。齟齬を抱えたまま進もうとするものの(自らにはない)純粋さをこそ、お嬢さんは愛した。切実に、冷静に、辛辣に。思い自体は素朴なものであっても、お嬢さんは決して湿っぽくも、感傷的にもならない。衝撃に煽られて走る、自棄的な行動にさえ、淡白な感想付き。率直な後ろ暗さや悲しみも当然、冷淡さと併せ持つ辺りがまた魅力的。自分たちの心、志を理解出来るはずがないと、相手を見下し、礼儀正しく、お行儀よく、時に優しさを纏わせて黙殺することで、自らの矛盾やら醜さやら、矮小さやらまで、都合よく隠そうとする連中の思惑など、お嬢さんの強さの前ではもう、すっかり色褪せて見えてしまう。
階段より転げ落ちても無傷、お嬢さんの強さは、これはこれで、底知れぬ類のものであるように思う。
武田 泰淳
岩波書店
売り上げランキング: 636,359