感覚を記憶より取り出し、時間そのものを再現しようとする試みの難解さ。いくつもの情景を紡ぐ、言葉が作る編み目の細かさ。幾重にも言葉を、情景を織り込むことで発揮される、お話の強靭さ。確かに感じていた戸惑い、だが、それは次第に、癖になるような心地よさへと変わって行く。
沢山の噂話。鮮明さ、正確さに欠け、よくはわからないのだが、それが不穏を秘めたものであることだけ何と無く察知していた、噂話。しばしば流れ込むイメージは、不可解で、危うげな、色気を帯びたそれ。隠された棘、下世話さにこそ好奇心は煽られるもの。子どもの頃、心と身体は何もかもを吸収しようといやに貪欲で、余計なことも、大切なことも、その価値を判断することさえせずに、見境なく、節操なく、覚えてしまっていた。思い出すのは、一日をひどく長いものとして感じていた、あの時分のこと。わかりやすい郷愁とは違う、もっと別の、ひっそりと心で疼く懐かしさ。
分類されることもなく、その時分のものだからと、同じ場所にしまわれていた記憶たちの絡まり具合。死滅せず、吸収されたまま生き延びた噂話の雑多感。今再び生きるあの時間の不明瞭さ、理解とは違う残り方をした感覚の、その余韻が、何とも狡く、心憎く、限りなく好ましい。
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感覚を出来得る限り、確かめるよう、緻密に、不明瞭ささえ、あやふやなわかり方さえ、そのままに。記憶を、時間を、そこに再現しようと試みる言葉、言葉により幾重にも織り込まれた情景。しなやかで、手強いそれら。
湧き起こる心地よさは、わかりやすい形を持つものではなく、何やらひっそりと、気づかぬ間に、心をざわめかせているような、不可思議なもの。やわやわとしといて、これ、と分類することが出来なくて、広くて、絞りがたくて、知らぬ間に居座られているような。だが、それは、だからこそ、特異なものとして、何やら根強い存在感を持ったものとして、一際長く心に残る感覚。細かく、編み込まれた言葉、記憶を、時間を、そこに作り直すよう、紡ぎ上げられたお話の、その強靭さ故に得ることが出来た体験であるように思う。