2015年6月14日日曜日

須賀敦子色々② 『本に読まれて』『地図のない道』

『本に読まれて』
胸に特別な思いを残した読書体験について。本と共に生き続ける思い出について。書物への深い愛情を感じさせる言葉の数々、怜悧かつ豊潤、詩情溢れる筆致は、まさに著者ならではのもの。古今東西の書物の言葉の中に、滋味豊かな著者自身の言葉が何より光る。特に印象的なのは、翻訳という無謀な試みを語る言葉。遠い国の言葉を、自分の国の言葉に手繰り寄せることの難しさ。両者の間にある、埋めようのない落差が生む苦しみ。感嘆の意を込めた、訳者に対する優しい眼差し。その鋭い指摘からは、言語と向き合い続けた著者らしい、ひたむきさを感じる。

『地図のない道』
エッセイでありながら、その文体から浮かび上がる情景は、まるで小説の一幕のような、幻想的な美しさを帯びたもの。時が過ぎ、思い出として、いつしか現実を離れた情景。心の中で大切に守り続けられていたそれは、決して色褪せることなく、鮮やかなまま。大切な人を失い、行き場もなく彷徨い続けていたあの頃の悲しみも、受難の歴史が人々に与えた翳りさえも、そこにあった感情のすべてを零さずに、すくい上げる。朝露に濡れた花びらのように、柔らかで、静かな優しさを持つ言葉の一つ一つが、心地よく、すんなりと胸に馴染んで行く。



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