手紙、手紙、手紙。自分自身の心情、記憶を綴りながら、何よりも強く思い描いていたものは、相手のこと、読み手のことだったのではないか。読むものの快さを引き出す温かさ、ひたむきさ、そして、可愛らしさ。まるく、しなやかな言葉。この上なく素敵だと、ひとりごちる。
死とはいなくなること。須賀敦子の言葉は、息が詰まるほど、心がすべての音を感じなくなるほど、それを知っているものの言葉であるように思う。改めて、その、愛するものの死を書いた言葉に触れ、強くそう感じた。
『須賀敦子ふたたび (KAWADE夢ムック 文藝別冊)』
淡く、豊潤な色彩の、決して褪せることのない、美しさ。暗く、物憂げに佇む心の翳りにさえ向き合い、光を当てる優しさ。研ぎ澄まされ、静謐に煌めく言葉の、硬質な輝き。時に触れ難いと感じるほど、怜悧な光でありながら、そこには、哀しみを多く含んでなお、強く歩み続けるものの、柔らかさ、温かさがあるように思う。情景に宿る思い、寂寥、哀惜…甘さのない、澄み切った静けさ。快い余韻、だが、それは清廉であるが故に、僅かなためらいをも覚える。
自分にとって、須賀敦子は全面的に好きな作家と言う訳ではなく、受け入れ難い部分、その文章の中には、飲み込み難いと感じる部分さえ、少なからず存在する。だが、それでもやはり、惹かれる部分、身体に心地好く馴染んで行く言葉の方が、圧倒的に多いため、自然と手が伸び、好んで読んでしまうのだった。一言、好き、と、言い切ってしまうのではなく、複雑な思いを噛み締めた上で、好き、と言いたいような、そんな逡巡を、容易に触れることの出来ぬ躊躇いを含め、身遠さをなぞりつつ、その言葉を味わいたいと思うような、稀有な作家の一人。
河出書房新社 (2014-08-28)
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