平然と過ぎ行く日々の中で生じた、ささやかな欲望。溜まりに溜まった疲れ、積もりに積もった精神的ダメージ。向けられた悪意の正体、その土地、その場所より醸し出される空気の種類。まっとうな振りをした人間たちの、陰湿な本性を暴き出す、残酷な言葉の正しさ。生き抜くために必要とした現実逃避、夢は現実を皮肉るかのように、そのすべてを歪め、容赦無く壊して行く。抱えた火種の大きさ、負の要素だけを異常に膨らませた記憶の惨状。全身に浴びるのは、強烈に濃い闇の瘴気。ハチャメチャな夢の横行、現実を崩すおかしな情景の中に時折織り交ぜられる、律儀な現実感がたまらなく心憎い。
『夢の死体』
深く、陰鬱な闇より出でた言葉、まるで、触れられることを拒んでいるかのように、馴染まない。空虚感、破滅衝動、自傷行為…始終つきまとう生きづらさ、どこにも居場所はないという感覚。外界を恐れ、外界に蔓延する悪意を拒み、頑なに閉ざされたままの心。不安に歪み、息苦しさに蠢く幻覚は、闇そのものを象徴するかのよう。夢への逃避、だが、妄想は単なる逃避場所ではなく、外界を見るためのもの、外界と繋がりを持つ上で、現実を生きる上で、必要不可欠なもの。痛みの先にある平穏と言うべきか、思い描いた夢の穏やかさと、夢に込められた、外界との繋がりを保とうとする意図に、癒え難い苦悩の永さと、闇に沈みきれぬ心への、愛おしさを感じる。
笙野 頼子
河出書房新社
売り上げランキング: 810,730
河出書房新社
売り上げランキング: 810,730