2015年6月21日日曜日

金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』

強く、しなやかな物語、今はもう、言葉で息を吹き込むほかなぞる術のない、古く、曖昧な時間を、繋がりのぼやけた情景を、二度と歩めぬそれを、今一度、反芻するために、強く、しなやかに、ほどけぬよう、細やかに編み上げられて行く、物語。
幾度となく書き直される記憶の切れ端。薄れた形、なぞり、確かめるかのように。修復し、補うかのように。色を、匂いを、息遣いを、手触りを。言葉は象る。所在さえおぼろげな情景、だが、多くの言葉に紡がれ、ひどく鮮明なそれは、おさまるべき場所を見つけられぬ不明瞭さを保ったまま、強く、生々しい存在感を放つが故に、どこか不穏な印象を帯びる。
そわそわと、心は見知らぬ、それでいて懐かしい、だからこそ不思議な感覚に戸惑う。記憶の曖昧さを、曖昧なまま鮮明に映し出す言葉のしたたかさに、貪り読んでなお、綻びぬ物語の強さに。読むは愉悦、「わたし」の試みが伴う、悦びと不安。すんなりと肌に馴染んで行くばかりではない言葉の手強さが、心地よい。



ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ
金井 美恵子
新潮社
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