2015年6月21日日曜日

『シンデレラの罠』、『とどめの一撃』

セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』
私が誰であるか、誰であったのか、不明瞭なまま、私がいる不穏さ。誰であるのかわからぬまま、演じ、貪り、惑う、私であることだけが、明瞭さを帯びて行く。馴染まぬ記憶、ひどく冷たいと、凍える身体。愛されるもの。愛されぬもの。多くを課せられ、多くを投げかけられ、歪にその形を変えてしまう、物語の怖さ。不安定な場所を、彷徨い続けることへの不安は、僅かに甘さを伴うもの。私を物語る、私の不確かさ。信じられぬ語り手、その危うさ故に、蠱惑的な物語。

マルグリット・ユルスナール『とどめの一撃』
近く、静かな死に囲まれ、不穏に澱む時間。閉塞的であるが故に、感情は熱く、陰惨に溢れ出で、互いを飲み込んで行く。燻り、凍え、残酷に捻れてしまう、友情と愛。擦らせ合い、高まり、愉しみ、深く結びついては、また、傷つけるよう抉り、離れる。滞る様は醜く、哀しい。寄り添うことを求めるのではなく、ただ、生身の視線を、その場にとどまり続けることだけを望むような饒舌。自ら進み、引き寄せられた最期、悲劇の鮮やかさに、彼等より与えられ、重く蠢いていた憂いはいつの間にか立ち消え、今はひどく、渇いている。



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