2015年10月29日木曜日

津島佑子『真昼へ』

あまりにも大きな欠落。遣る瀬無さ、歯痒さ、もどかしさ、理不尽さ。募り、いくつもの悪夢と化し、心を侵す。自分自身のやり方に、懸命で、真摯で、かけがえのないものであったはずの時間の内に、間違いを見出そうとする痛ましさ。遡るほかない。辿るほかない。時間を、生を、幾度となく反芻し、遡る。確かにいたのだと、その姿を鮮やかにするため。その声を、その充足を、その光を鮮やかにするため。目を背け続けて来た母の苦しみにさえ、今は近く、自然と触れている。
綺麗さなど欠片もない。綺麗に溶けて行く類のものではない。根深く巣食い、未だドロドロと滞るもの。悲しみも葛藤も痛みも、居心地の悪さも、後ろ暗さも。だが、それでも、遡り続けるほかない。記憶が、思いが、流れ込んで来る。流れ込んで行く。境目を失い、混ざり合い。徐々に、少しずつ少しずつ、解けていくような。そこに在るべき姿を見出すよう、注ぎ込むよう、語り…その果てにやっと、心地よさを見つける。

✳︎
重ねてしまう過去。未だ熱を保ったまま、薄れる事もなく息づいている過去の事。屈折した愛情、ぐずぐずと暗い悔恨、目を背け合い続けていた時間の痛み…ヒリヒリと灼けつくような。あまりにも狭く、近いものであるが故に、重く、根深いもの。それでも、重ねてしまう。そのすべてが”あなた”の愛おしい生に繋がっていると信じ。反芻し、紡ぎ上げた場所に、”あなた”がいると信じ。
綺麗になど終われる訳もなく、心地よさへとたどり着いてなお、完全などない。計り知れぬ程の苦しみを要する試み。しかし、その強さ、その切実さ…心を惹きつけてやまない。寂しくも温かな光に満ちた終わり、こみ上げるのは慕わしい安堵。


真昼へ (新潮文庫)
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津島 佑子
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