2015年11月17日火曜日

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』

声色を変え、物腰を変え、まるで口伝の物語であるかのよう。大勢の人、伝えるべき大勢、立場も地位も性別も年齢も様々な大勢に対し、物語(教訓であるとか掟であるとかを含む)を口伝している、と言った印象。もう二度と同じ姿で現れる事がないのではないかと思う。対する度その姿を変え、だが恐らくその根となるものは同じで。滅び去る事なく、姿を変えながらもその根となるものを守り、脈々と生き延びる強さを備えた口伝の物語であるかのよう。
怖いのは、不可思議なものであるはずの物語を伝え継いで行く語り口の迷いのなさ。当然のように旅路を語り繋いで行く言葉の滞りのなさに、物語と自分の間にある隔たりの存在を思い知らされる。自分の中にはないもの達との遭遇と、不意にして稀な、自分の中にあるもの達との邂逅の繰り返し。計り知れぬ(自分と物語の)当然の距離…どこまでが通ずるのか、どこまでが異なるのか。
膨らむだけ膨らんで、それでいて姿形のそれよりも種(性質?)の相違による恐怖だけが漠然と残る、精霊、まぼろし、妖。当然の如く使われる魔法、いくつもの不可思議が当然の如く混在する世界。危機より脱する手段を物語る言葉の容易さと、言葉の容易さに反するその掴みがたさ。しかし何も自分の方に引き寄せて考える必要などないのだと気付く。未知に迷い込む事は怖く、それ故に愉しいのだから。



やし酒飲み (岩波文庫)
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エイモス・チュツオーラ
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