2015年12月18日金曜日

金井美恵子『目白雑録3』

最も多彩である巻。〈トラーがいないと、本当に本当に、とてもつまらない〉…つらいではなく、つまらない。いなくなってしまった事が、記憶の中だけのものになってしまった事が。つまらないと言う。いない事を思う時に湧く感情を。そう言う。このつまらない、が何だか酷く慕わしい。酷く納得してしまう。
そして今回もやはり怖かったり痛快であったり。見苦しい緩みや余分を作らぬその鋭さ、その敏さ。毛羽立つ事、粗さを許さぬその繊細さ。その抜かりのなさによって決してほつれる事のない強靭なものとなる連なり。何と言うかチクチク。不快さを含む手触りを象るそれではないチクチク。チクチクと緻密に。針仕事、縫い物をする際の、刺繍を施す際のそれに似た。
読む事の愉悦を思う。その小説を読む時、その強靭にして繊細な連なりに触れる時、湧き出ずるよう波及する愉悦を。快いばかりのものではない、ただ優しく、滑らかであるだけのものとは違う、重厚で甘美で、時に苦痛さえも伴う、手応えのあるあの愉悦。金井美恵子が負ける事はないのだろうな、と思う。金井美恵子は負けないな、と思う。

あとはまあ、こっそり読んでいたい。痛快さは確かに感じるけれど、それは同時に自分自身の愚劣さや矮小さを思い知らせるもので。それらを思い知る恥ずかしさを含むもので。



目白雑録 3
目白雑録 3
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金井 美恵子
朝日新聞出版
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