2015年12月27日日曜日

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは…』

それは特別ではないものへの、平凡さへの親しみ。その生の歩みの、手堅さへの親しみ。その近しさ故に、忍び寄る変化の影がまず怖い。愚かであり無謀であり、あまりにも危うい若さとの出会い。引きずり込まれぬよう、縋り付く過去。自分自身が確かに楽しさを感じていた時間に。それまでずっと、そうしていたように。だがもう、居着いてしまった葛藤を見過ごす事は出来ない。
新たな自分自身の台頭。台頭への迷い、迷いが促す愚行。手堅い生、ささやかな安寧の中で、不穏であり不調和な時代の中で、正を選び取る事の難しさを思う。語り口は淡々と。此方も寄り添うのではなく、眺める。いつの間にか食い入るように、眺めている。距離は冷静さを生み、それ故に明晰にわかる。わかってしまう。それまで自分そのものであった時間より離れる事の怖さも、正を選ぶ事の難しさも、しかし最早、その台頭には抗えぬ事も。

情勢のキナ臭さ。他人事ではない不穏さ。その不穏さの内に作り上げた安寧。離れる事は怖く、難しく、それは凄くよくわかる。だけれども、無謀な若さとの出会いにより台頭し始めた新たな自分自身に抗えぬ事も、凄くよくわかる。葛藤や迷いは出会いによって芽生えたものではなく、出会いによって見過ごす事が出来なくなってしまったもの、と言うべきか。
遠くより眺めているのに、なんだか近しい。



供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
アントニオ タブッキ
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