新たな自分自身の台頭。台頭への迷い、迷いが促す愚行。手堅い生、ささやかな安寧の中で、不穏であり不調和な時代の中で、正を選び取る事の難しさを思う。語り口は淡々と。此方も寄り添うのではなく、眺める。いつの間にか食い入るように、眺めている。距離は冷静さを生み、それ故に明晰にわかる。わかってしまう。それまで自分そのものであった時間より離れる事の怖さも、正を選ぶ事の難しさも、しかし最早、その台頭には抗えぬ事も。
情勢のキナ臭さ。他人事ではない不穏さ。その不穏さの内に作り上げた安寧。離れる事は怖く、難しく、それは凄くよくわかる。だけれども、無謀な若さとの出会いにより台頭し始めた新たな自分自身に抗えぬ事も、凄くよくわかる。葛藤や迷いは出会いによって芽生えたものではなく、出会いによって見過ごす事が出来なくなってしまったもの、と言うべきか。
遠くより眺めているのに、なんだか近しい。
アントニオ タブッキ
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