2016年1月3日日曜日

須賀敦子『遠い朝の本たち』

自分にとって、須賀敦子の言葉はあまりにも眩い。あまりにも強くて、あまりにもしなやかで。そのせいか、時にはその言葉を咀嚼し切れない事もある。受け入れ難い事もある。反発心(気後れや羨望を大いに含む)さえ抱く事もある。しかし『遠い朝の本たち』には不思議と、そう言った逡巡がわかない。なにか、大切な事を教えて貰っているような、大切なものを見せて貰っているような、そんな慕わしい思いでいっぱいになる。
それは、大切であった事に思い当たった事、と言うべきか。その時はまるで思いもしないのに、ふとした瞬間、今との繋がりを淡く、それでいて確かに感じる類のこと。忙しなく流れ、掴めずに溢れていく時の中で、そこだけが緩やかに、穏やかに、色さえも未だ豊かに、いまなお息づき続けている遠い時間のこと。喜びだけでなく、楽しさだけでなく、迷いも悔恨も。苦く、新しく、瑞々しい、かつて自分自身であったもの達、そして今の自分自身となるもの達。そのすべてを今一度なぞるような。静かで、哀しく、温かな試み。それ故に慕わしいと感じる。寄り添いたいと感じる。



遠い朝の本たち (ちくま文庫)
須賀 敦子
筑摩書房
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