2017年7月30日日曜日

ナタリア・ギンズブルグ『ある家族の会話』

家族にのみ、通じる言葉。家族でないものには何の意味も持たない。家族の間でのみ、意味を持つ言葉。家族に対してのみ、意味を成す言葉。その言葉が通じる事こそが、家族である事の証、と言ったような。言葉それ自体が、家族である事を証明する、と言ったような。家族の言葉について。
その言葉を用いれば一瞬にして過去に、その言葉のある過去に、その言葉を繰り返し口にし、或いは耳にし続けた時間に、一瞬にして立ち戻る事が出来る。互いが家族であった時間に、一瞬にして立ち戻る事が出来る。そう言った、家族にとってのみ、意味を持つ言葉について。
呼称。あだ名。詩。歌のフレーズ。憤る際の、嘆く際の、皮肉る際の、口癖。決まり文句。そう言った、幾つもの言葉。家族の中で、家族として過ごした時間の中で、繰り返し使われ続けた為に、家族にとってのみ、意味を持つようになった、幾つもの言葉について。
暗く、過酷な日々の中でさえ、複雑で、不穏な変化の只中にあってさえ、増え続けていた。その根強さ故に。辛く、悲惨な体験を経てもなお、ただそれだけは残り続けていた。その驚く程のしぶとさ故に。他の何を用いて物語るよりも確かに、明確に家族を、自身の家族の歴史を物語る事が出来る。家族の言葉について。

そう言った言葉は、自分達にも確かにあるように思う。近しい人間にのみ、通じる。共通の記憶を持つ相手にのみ、伝わる。その言葉のある情景を、時間を、実際に生き、慣れ親しんだ者にしか、わかり得ない言葉。他人に伝わる事のない、むしろ他人に伝えるつもりも、理解を求めるつもりもない、内の言葉。
そう言った内の言葉、その家族の中でのみ通じるような、家族の公用語とでも言うべき言葉以上に、その家族の姿を明確に物語るものなど、存在しないのではないか、と今は思う。他人の目には不可解に、時に滑稽にさえ映る、そう言った言葉こそが。家族と言うものを物語る上で、何よりも力を持つのではないかと。



ある家族の会話 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
ナタリア ギンズブルグ
白水社
売り上げランキング: 66,501