2015年9月20日日曜日

山尾悠子『歪み真珠』再読

夜闇の濃艶さを思う。柔らかな光を纏い、静謐に佇む月の妖しさを思う。温かな抱擁を以って魅了し、心を連れ去って行く微睡みの冷酷さを思う。背徳に浸る瞬間の、昏い喜悦を呼び覚ます悲劇の麗しさを思う。刹那を揺蕩うものの、憂悶に歪む相貌の美しさを思う。潤沢な哀しみと憂いに彩られ、儚げに舞う異形の艶やかさを思う。
繊細で、豊かで、蠱惑的な言葉の連なり。創り上げるそれは世界、小さなその身体の内に、恐ろしくも広大なる悠久を秘めた。不粋な詮索の一切を跳ね除けるよう、保たれた孤高。僅かな緩みもなく、馴れ合いを許す綻びもなく。物語は珠玉と言う言葉の、気高い煌めきを冠するに相応しい。ひれ伏すほかない。至福を抱き、ただひれ伏すほかない。 

物語を思う時、自分自身が未だその内に在ること、そこに囚われたままであることを感じる。 蘇るのは物語ではなく、未だ囚われたままであると言う喜び。


歪み真珠
歪み真珠
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山尾 悠子
国書刊行会
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