2015年6月12日金曜日

多和田葉子『飛魂』『きつね月』

『飛魂』
「わたし」の口より次々と流れ出る言葉によって、幾つもの光景が、浮かんでは消える。光景を紡ぐ言葉、世界を作り上げ、虚構であるそのすべてに命を、役割を与える言葉は、一つの世界の源として背負う責務の重さとは裏腹に、風のような軽やかさを以って、心地好く、胸に馴染み、落ちる。「わたし」より出でた言葉たち、「わたし」を離れ、自由を得、宙を舞い、戯れているかのよう。名称、名前、呼び名…音を頼りに思い浮かぶのは、それらに備わるもの、それらの魂そのもの。作られた世界を読み、音を、形を、瞳で愉しむ。

『きつね月』
例え馴染みのないもの同士であっても、言葉たちは当然のように、すました顔で、つながり合う。今までに感じたことのない、未知の言葉の感触が、見知らぬ相手であっても、平然と結び付く言葉たちの危うさが、よく知り、よく馴染んだ言葉たちを、言葉たちへの信頼を、ドロドロと溶かして行く。溶かされた信頼、柔らかく、自在に形を変えて行く言葉たち、触れ続ける心は違和感に、ひどく落ち着かない。言葉を捉えたのは確かに、目であったはず、だが、快さを、不快感を訴えるのは皮膚。敏感に狼狽え、快不快を深く心に刻み込む、皮膚。まるで言葉そのものが、自らの内に染み込んで来るかのよう。



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