夢と現、それぞれより滲み出た色が、両者の領域を隔てる境目を超え、緩やかに混ざり合う。淡く、穏やかな息遣い、そこは、確かなものではない世界、不確かであるからこそ愛おしいと、寄り添う世界。時に足場さえ酷く危うげなものへと変わる、頼りないその世界を歩む、浮遊感。知らず流れ行く時の曖昧さに身を委ねる、心地よさ。自由に生き続ける記憶たち、掴み得ぬ空白の時間を溶かして行く、記憶たち。今と過去を繋ぐ時は、音もなく、静かにほどけ出す。時間の、記憶の、光景の不確かさを、確かな形を持たず、夢幻のように流れ続けるそれらを、紡ぎ出す言葉の、柔らかな肌触り。おぼろげな輪郭を保ったまま浮かび上がる世界、その儚さに、しなやかさに、繊細さに、触れる。
『流跡』
記された言葉、記されたはずの言葉、その身に宿す意味さえ放たぬまま、密やかに溶け出し、流れ落ちて行く。滲んだ色彩、言葉に宿るものの色、解け、淡く残す跡。そこに「私」は居ず、ただ、生の温かさと、多くの淀み、緩やかに思いの形を、温度を変えて行く、魂の柔らかさだけがあった。本来決まった形を持たぬものたちを、綺麗なまま、純粋なまま、なぞり、紡ぎ出した故に、あまりにも無機質で、味気ないきらめき。匂いも味も、美しさも醜さも、鮮やかに心を襲いはしない。だが、言葉たちの響き、心を撫でる連なりの表情は、滑らかで、微かに優しく、悠久を身に、流れ続ける肌に、驚くほどすんなりと、馴染んで行く。
朝吹 真理子
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