賢者か、仙人か。種村季弘は凄い。兎に角凄かった。遁世の感じ、あらゆる美を、愉しさを味わい続けた果てのそれであって、何と言うか、森の奥深くに佇む年代物の木のよう。マホガニーのよう。化生の長のよう。宝も埃も妖怪も埋もれる蔵のよう。ずっしりしていて、静かで、穏やかで、品があって、けれどどこか、ゾクゾクとするような艶を漂わせていて。艶と言うものは年季が入ると妖気じみたものになると言うか、一つの凄みと化すのだな、とつくづく思う。はかり知れぬ重みと重なり。穏やかなのに隙がない。言葉は鷹揚だけれども、その眼光は鋭く妖しい。円熟の審美眼。自分には見えぬものを教えてもらう楽しさよ。
矢川澄子のこと。矢川澄子の結婚生活を表す、〈一卵性双生児みたいだった〉と言う言葉が腑に落ちる。共犯者めいた二人。自分はその姿を『誘惑者』で確かに見たように思う。〈鳥ほどに軽い、少女のような〉彼女を。妻としての、片割れとしての彼女を。
種村 季弘
筑摩書房
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