2015年6月5日金曜日

大庭みな子『オレゴン夢十夜』

身体を自由に飛翔させることが出来ても、心は地を這い続けるまま。柔らかく脂肪のついた肌より放たれる匂いは淫猥さを多分に含み、その身に秘めた肉欲の濃さを思わせる。染み付いて離れぬまま腐敗していく迷いと諦め、自らとは異なる性を持つ者への怒りと執着。そのどちらもが発露した己自身の真実であるからこそ、そのどちらをも捨て去れず、相反する思いを同時に持ち続ける胸の葛藤は、ひどくいやらしい。
気ままさを許されることで縛られる息苦しさ。何か次の姿へと変わり行く前にも似た醜悪さがあり、多くの逡巡と倦怠、虚無感が混ざり合ったような、消化し難い、陰鬱なわだかまりを残す。
それは日記であり、手記のようであるが、その手触りはどこか曖昧で、まるで幻の中を歩くような、不確かさがある。だが記されているものは、傷口より溢れ出ることさえ叶わずに溜まり続けていた膿のように汚く、また切実であった。輪郭さえ朧げな空間であるからこそ、醜悪な膿の生々しさを、強烈に感じる。



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