彼女の内に棲む、淫らな悪魔の姿を象徴するような、淫靡な魔力を秘めた一枚の絵画。今はもう失われてしまった絵画に見せる、彼女の執着心は、自らの魔に心奪われ、現実を超えた先の世界に辿り着く瞬間の到来を待ち望むが故に、悦楽を必要とし続ける心と同種の、暗い、切実さを秘めたもの。その胸に現実のつまらなさを刻み込もうとする男とは別の、より甘やかな印象をもって、自らに迫る男の強引さに引き出された、執念。時にひどく執拗な一面を覗かせる彼女の、悦楽に対してのみ、自らの渇望に対してのみ、どこまでも殉教的である姿は、どこか清廉さを伴うために、ただ退廃に身を委ね、崩れ行くままのものたちが放つ色香よりも、かえって、官能的な印象を残す。
自らと男の関係に注がれる、他者の視線。男の母親、息子を溺愛する母親と言う、男と濃い繋がりを持つ他者の視線が生み落とす、愉悦。主人公は凡庸なその男自身に対する執着など、微塵も持ち合わせていないにも関わらず、他者の視線が煽る悦びの陰湿さに惹かれ、この奇妙な三角関係さえ、平然と独り、愉しもうとしていた。
悦楽を享受することに関して、自らの内に棲む魔の存在を感じ、自らの渇きを潤すことに関して、彼女は、恐ろしいほどに貪欲で、自らの生を支配する倦怠を、脱ぎ捨ててしまえるほどに、執念深く、またひたむきな一面を見せる。帯びた虚しさから抜け出し、彼女がひたむきである時、彼女は潔く、美しい。悦びそのものは肉欲の産物であっても、彼女が見せるひたむきさは、愚かな逡巡も、迷いもない故に、清廉なものであるとさえ、感じることが出来る。そして、清廉なものの中にこそ、官能は潜み、破滅への誘惑に彩られた渇望は、艶やかに光る。
その瞳に宿る蠱惑の光。それは、矮小であるばかりの現実に、冷たく、哀しい輝きを放つ、恐ろしくも美しい、魔性の光。
高橋 たか子
河出書房新社
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