2017年1月20日金曜日

アントニオ・タブッキ『時は老いをいそぐ』

抗う訳でもなく、嘆く訳でもなく、かと言って諦めた風である訳でもなく、皆ただ、静かになぞる。時間を。立ち戻る事も、再び巡り会う事も出来ぬ時間を。手繰り寄せ、比べ。予兆も、脈絡もなく飛翔し。沈み、浮上し。皆ただ、静かに思う。途切れる事なく流れ、次々と過ぎ行く時間を。その過ぎ行く様を。
過ぎ去ると言う事。跡形もなく消えてしまうと言う事。自分がそこにいたと言う事。自分がそこにいなかったと言う事。進み行くばかりであると言う事。懐かしむと言う事。自分の、或いは自分ではない、誰かの記憶を。酷く動揺すると言う事。自分にはわかり得ぬはずの悲しみにさえ。いずれも皆、当然であり、途方もなく不可思議である事。

それは全部。決して自分のものにはなり得ない記憶であったのだけれど。自分が知るはずのない悲しみであったのだけれど。ゆっくりとわかって行く。触れれば懐かしく、酷く心動かされる悲しみや記憶が、自分にもある事を。自分もまた当然であり、途方もなく不可思議である時間の内に在ると言う事を。



時は老いをいそぐ
時は老いをいそぐ
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アントニオ・タブッキ
河出書房新社
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