とにかくしょっちゅう風邪をひいている金井美恵子。夏風邪もひくし、〈スチームバギーという高温蒸気の噴出する掃除機でキッチンやらバス・ルームも徹底的(ほぼ)に掃除したせいで疲れて風邪をひいて〉しまったりもする。細々とした暮しのトラブル(未満も含め)も多く、雨漏りや通信販売を使用したイヤガラセや、「急性腸炎日記」など、エアコン故障→ガス給湯機故障→パソコンのキーボード故障、からの風邪に腸炎…。〈三日間は寝たままで、ほとんど何も食べず、その後も一週間は三食おかゆという生活が続いてひどく消耗したのだった。〉〈去年も同じようなことを書いたような気がして、気も滅入る…。なんという繰りかえし。なんという変化のなさ。〉
例えば『待つこと、忘れること?』の、〈「エッセイ」として、充分に計算したうえで、楽しく書いた文章〉に、〈私小説〉という印象を持ってしまう評者に鼻白んだり、「噂の真相」の「三角関係の過去」を伝える記事を、〈小説家として、というほどオーバーなことではなく、ごく常識的な普通の、論理的でさえもない物の考え方で〉検証してみたりと、そこここで目にし耳にするピント外れの言説の数々を〈嫌味につつきまわす〉ことを含め、まさしくひびのあれこれである。
そしてトラーちゃん。〈トラーのずっしりとした重さが私の片脚にかかっていて、深い溜息のような寝息がフトン越しに伝わってくるのを感じながら、ふわりのことをつい考えてしまうのだ。〉〈私の部屋の入口には、老婦人に作ってもらった丈の長い藍染め木綿のノレンがかかっていて、トラーが部屋に入って来る時には、ピンと立てたおっぽがノレンに触れ、ふわりとごく軽く揺れ動くのだ。〉…そのずっと先に書かれることになる、「たにし亭の暖簾」というエッセイのことを、2022年現在の読者である自分は思い出すことも出来る。語りなおされる"ふわり"と爪の音。