2015年6月10日水曜日

清水博子『処方箋』『街の座標』

『処方箋』

狭い空間に身を置く主人公の、日常という惰性。彼の世界は常に、生ぬるい。彼自身の熱量を表しているかのように、世界は常に、生ぬるい。日常が突如、奇妙に形を変えても、彼自身の熱量はそのまま。多少の機微こそあれど、彼自身はずっと、生ぬるいまま。言葉さえも煮え切らぬ生ぬるさを帯び、彼がおさまる世界の狭さを、日常の閉塞感を、したたかに醸し出している。彼の日常にささやかな波乱を運ぶのは、不可思議な女性たちの存在。それはいわば、緩急の急の部分、そこだけが妙にねっとりと、色っぽい。波風立てぬよう流される男の、惰性と倦怠感にまみれきった毎日、だがそれは、満更悪いものでもないように思えてならない。


『街の座標』

もてあます卒業論文と共に座礁しつつある女子大生の、あまりにも冴えない毎日。その身より滲み出る倦怠感は、彼女の心に張り付いた怠惰な性分と、併せ持つ、ひどく生真面目な一面が、合わさって生まれたもの。熱意がないわけではない。むしろそれなりにはあるのだが、そもそもその熱意がどこから来るものなのか、どこへ向けるべきものなのかさえ、彼女にはわからない。くすぶり続ける情熱に行き場を与える気力はなく、かと言って、そのまま何もかもをうやむやにしてしまえるほど、無気力でもない。思いあぐねるとはまさにこれ。点と点は繋がらず、調子は終始低迷中、空回りの日々、堪らなく可笑しくて、僅かに苦い。



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