2017年3月26日日曜日

多和田葉子『雪の練習生』

書くと言う行為の難しさを、危うさを、底知れなさを、疑わしさを思い知らされ、書くと言う行為の意味を、可能性を、都合のよい方にも、都合の悪い方にも広げられて行くと言う、落ち着かない心地。
ふわふわと覚束ない足元。自分のいる場所を、何度も見失う。夢の中か、否か、不意に見失う。本当にあったと思っていた事が、本当にあった事かどうか、見失う。確かさを見失う。まず本当にあるとは何か、見失う。本当にあるものと、そうでないものの境目が酷く曖昧である事を思い知る度、見失う。不確かな事ばかりの中、自分はとりあえず、形なく示される快不快の感覚に縋り付く。
語り手の痛みや居心地の悪さを示す言葉に出会う度、自分ははっとする。どこか遠く、違う世界の夢物語などではないのだと、はっとする。本を閉じた自分が戻って行く今と、本を開いた自分が入って行く世界との、境目を見失い。柔らかな白の眩さと冷たさに惑う中。決して地続きではない今とそこの、確かな繋がりを見つけた様な思いがし、はっとする。
自身が対峙する世界を言葉にする。自身が対峙する世界を、世界が広がって行くその感覚ごと、言葉にしたもの。世界が広がって行く…それは痛みを、矛盾を、違いを、やり方を、わかって行くと言う事であり、認識すると言う事であり。生きていると言う事。自分の読んだそれは、哀しくて、寂しくて、不可思議である事。



雪の練習生 (新潮文庫)
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多和田 葉子
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