2017年4月9日日曜日

皆川博子『みだら英泉』

ただ清廉であるだけの、ただ優美であるだけの存在ではない、女。自身を魅了して止まぬ女の姿。他の誰のものでもない、自身の女を描くため。その媚態も、柔らかさも、醜悪さも、汚さも、逞しさも、狡さも、すべて。艶かしく、淫靡であるそのすべてを。あます所なく描くため。本来守るべきであったもの達の生さえ、自ら拒み、突き放した彼女等の生さえ利用し、己の養いとする。凄まじい執念。それは人を狂わせる類の。踏み外さぬよう耐え続けるものの心をも搔き乱し。痛みを愉悦に変え。熱く、淫らに。高ぶらせる類の。暗く、恐ろしく、けれどあまりにも蠱惑的な執念。
自身が捨てたもの達への後ろ暗さ故に、その熱情は重厚さを増す。咲き切り、衰えてなお、消え失せぬ程に。捨てられたもの達の眼差しで見るが故に、その熱情は凄惨に際立つ。目を閉じてなお、焼き付いて離れぬ程に。終わりは哀しい。その熱情の、苛烈さを知ればこそ。輝き終えた身に相応しい、穏やかな終わりの静けさが哀しい。



みだら英泉 (河出文庫)
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皆川 博子
河出書房新社 (2017-03-07)
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