2017年6月15日木曜日

河野多惠子『考えられないこと』

淡々と、静かに話し。考えられぬような不可思議な余韻だけを残して、河野多惠子はいなくなってしまった。今はただ、ぽかんと空いている。静けさの中に今はただ、不可思議な痕跡だけがある。自分はその痕跡を、その痕跡の不可思議さを、恐らくなぞり続けるように思う。
河野多惠子の執拗さを愛する為に。平板な時間の内の、些細な一点を。唐突に、脈絡なく拘り、克明に記す、あの不可解で官能的な執拗さを愛する為に。または、河野多惠子の言葉の、怖さを愛する為に。密やかな異常を捉えてなお、硬く、白々と、どこまでも端正であり続ける事で、やがて凄みを帯びる言葉の。あの怖さを愛する為に。
この本が自分の本棚におさまり、寡黙に佇み続ける姿を思い描くと、何か、堪らない気持ちになる。暗く、ひっそりと反芻し続ける類の喜びを感じる。



考えられないこと
考えられないこと
posted with amazlet at 17.06.15
河野 多惠子
新潮社
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