2017年7月13日木曜日

村田喜代子『蟹女』

最初はただ、穏やかであるだけ。次第に何か、怖さが、不気味さが見え始め。けれど穏やかであると言う、和やかであると言う、最初の印象も不思議と消える事はなく。狭間を、合間を漂う感じ。怖さだけでなく。穏やかさも、可笑しさもある狭間を。確かに不気味であり、けれどまだどこかほのぼのともしている狭間を。
二度と戻れぬような状況にさえ、和やかさも未だ感じ取り続ける事が出来ると言う自然さ。何か一つ、例えば恐怖だけを選び、そこにあるはずの他の感情を黙殺しなくてもよいと言う。鷹揚に、悠長に。そこにある感情の、そのいずれをも認め、捉え続けていてよいと言う自然さ。互いを消し合う事なく、怖さも、穏やかさも、可笑しさも、同時に存在し得るものであると言う。同時にあり続けて然るべきものであると言う。その当然さ。それは物事をまとめたり、とりあえず片付けてしまおうとする人達にとって、大層都合の悪い当然さである場合が多く。結果、見て見ぬ振りをされてしまう事も多く。だからこそ、妙に安心する。村田喜代子を読むと。自分も忘れかけていたような当然と、当然の如く出会えて。怖さと穏やかさの狭間を漂い、爽快であるとさえ思う。

二度と戻れぬようなそこは、実は随分と近い場所。いつか自分も行かないとは言い切れぬ程に。それも今の自分のまま行けてしまうのではないかと思う程に、近い場所。気が付けばそこにいるかもしれない。


蟹女
蟹女
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村田 喜代子
文藝春秋
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