2017年8月10日木曜日

皆川博子『鎖と罠 皆川博子傑作短篇集』

読めばずるずると引き摺り込まれて行く。沼のようだ、といつも思う。あまりにも甘美な抗い難さ。早々に身を委ね、沈み込む。誘われるまま、どこまでも沈んで行く。深く、深く。二度と浮上出来ぬ程に。奥底まで潜る。現実に戻る事を、心が拒む程に。深く深く落ちて行き。身動き出来ぬまま、抗いもせず、ただ享受する。喜びを。そこに満ち、蠢く何もかもを。ただ享受するほかのないと言う至福。耽溺する。呆然と。緩慢に溺れる。
その醜さを、愚かさを。激しく嫌悪したまま。共鳴する。暗く、歪んだ熱情を秘する人々に。熱情を秘する苦しみに。そして期待する。この上なく淫靡で、残酷な結末の到来を。彼等が自らに相応しい、凄艶な最後を迎える事を。惨めに、けれど艶やかに己が熱情を持て余す彼等の姿に。期待は押し留めようもなく募る。

既読作多し。けれど引き摺り込まれ、身動きが取れぬ中で果たす再会は酷く官能的であり、その喜びは格別のもの。奥深く埋もれ、溶けかかっていた記憶が徐々に輪郭を取り戻して行く感覚を、動かぬ身体の内にて確かに捉えたまま。再び溺れるほかないと言う、格別の喜び。最高であった。


鎖と罠 - 皆川博子傑作短篇集 (中公文庫)
皆川 博子
中央公論新社 (2017-07-21)
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