2015年7月24日金曜日

フィオナ・マクラウド『ケルト民話集』、松村みね子訳との比較

悠久に煌めく魅惑を物語る言葉にさえ、憂いは宿る。無自覚のまま受け入れ、進み続ける命運の、残酷さを知るが故に。緩やかに迫り来る滅びへの、重い確信を抱くが故に。解き明かし難く、だからこそ根深い哀しみもまた、音もなく霧のように満ち、物語を昏く覆う。
殉ずる様、抗う様、避けられぬ無常さの中へと、飲み込まれて行く様。わかり得ぬまま巡る、生と死。暗がりに潜む魔、ただ悠然と息づく自然の美しさ。晴れることのない昏さの中、それでも、謎に包まれた営みを記す物語は、健気に輝きを放ち続ける。その強さ、滅びを思い、沈んでなお、歩みを止めぬ強さが印象深い。


✳︎
「クレヴィンの竪琴」に見る松村みね子訳との違い。
松村みね子訳のイメージ…色豊かに巡る世界の様相や、勇ましく歩み、時に愚かしく迷う、慕わしい人々の相貌。その残酷さ、美しさ、清澄さ。ごく僅かな時間、ささやかな情景、その一瞬の内より溢れ落ちて行くものの儚い煌めきを、忘れぬようもらさずに留め置くため、たっぷりと言葉を注ぐ…その柔らかさ。淡く繊細な色彩、多くの哀しみと美しさを記した物語の輪郭、その淡ささえ愛し、巡り行く世界を、湧き出でるきらめきを、豊麗に象り続けている、といった印象。
荒俣宏訳『ケルト民話集』のイメージ…硬質であり、端正。哀しみや憂いに覆われた物語の中、よく目を凝らし、その輪郭を出来得る限り浮き彫りにすることで、霧のように満ち、物語を暗く彩るそれら(悲哀や憂鬱)の、正体や出処を明らかにしようとしているのではないか。硬質かつ怜悧な言葉を当てはめ、端正に。
まるで異なる感触。物語の強さそれ自体に相違はないが、用いた言葉の違い、言葉に含ませた(託した)意図の違いによって現れる、感触の差異が面白い。


ケルト民話集 (ちくま文庫)
フィオナ マクラウド
筑摩書房
売り上げランキング: 202,884