包むよう、物語を淡く覆っていた靄が解け行く快さ…空白に浮かぶ繋がり、密やかに絡み合うそれぞれの時間。交錯する思惑と残酷な命運。今一度反芻する情景、明晰さを帯び、鮮やかに蘇る真実の、その相貌の、何と魅惑的なことか。凄艶に、物憂げに、物語もまた、それまでとは異なる輝きを放ち始める。
一瞬にして時間を超え、歪みを正し、すべてのわだかまり(怒り、疑念、嫉妬…かつて狂わせるほどに心を蝕んでいたすべて)をも溶かしてしまう、邂逅の瞬間。互いを埋めるよう、互いを繋ぎ合わせるよう、寄り添い続けていた二人の。二人だけの。一切の他を排し、高めたその純度。光を凌駕するほどに眩く、耽る喜びは甘やかな安堵に満ちたもの。持たざる影への傾倒を深める一幕として、鮮やかに残る。
( …しかしその一方で光の尊大さ、間近で感じた影の鼓動と、踏み入れぬ邂逅の濃密さに一抹の羨望と悔恨を抱きつつも、光に相応しい華を保ち、光として尊大に在り続ける不遜さや強さにも、上巻同様堪らなく惹かれてはいるのだが…)
自分自身の生を得るために要した融合。終わりより滲むそれは、濁りではなく、穏やかな充足の色彩。膨大にしてささやかな時間のすべてを託し、静謐にて佇み感じ取る、遠い栄華の心地よさ。拒絶を脱ぎ捨て、注がれたすべてを見やり、再び歩み出すものの揺るぎなさ。思いを果たし、或いは、新たな思いを抱き、自らの在るべき場所を定めた、幾つもの生。壮大な物語を形作る輝きの一つ一つ、今はそのすべてを愛おしいと感じる。
皆川 博子
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