2017年12月14日木曜日

皆川博子『伯林蝋人形館』

苦しみに。痛みに。汚穢に。欲望に。叫びに。壊され、奪い尽くされ。虚無と化した。深く、陰惨な穴と化した。その存在。彼等は侵食する。他者を。ただそこに在るだけで。彼等は他者を、容易く魅了し。引き摺り込んで行く。沼へ。沼の中へ。自らの属する領域へ。他者を。こちら側の人間をも。あちら側の世界へと。容易く連れ去ってしまう。
魅せられ、落ちて行く。侵され、飲み込まれて行く。こちら側より。あちら側へ。悦楽に耽り。静謐に横たわる。彼等、水棲生物達の領域へ。 沼の中にて。交わり、密接に絡み合う生の。物語を抽出し、繋げ、一つにする。両棲類の存在。他者を促し、舞台を整え、物語を完遂する。語り手の存在。けれど読み手は。その真意をも含む、すべてを見届ける事が出来る。操られ、凄艶に果てて行くもの達の姿だけでなく。物語を記すものの熱情さえ。暗く倦んだ、彼女の熱情さえ。密やかに操る様さえ。淫靡に壊し尽くす様さえ。見届ける事が出来る。それは凄まじい愉悦。甘く、重く、蝕まれるかのような。恐ろしい喜び。

こちら側に踏み止まるもの達の存在が効いている、と思う。その苦悩、その戸惑い。その鈍さ。その冷静さ。そのアシスト。彼等の存在によって、物語は成立する。彼等の言葉によって、物語は完成する。


伯林蝋人形館 (文春文庫)
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