2018年2月20日火曜日

皆川博子『影を買う店』

〈いっさいの制約から解き放たれた〉物語達。幻想、奇想…女王自らが偏愛する。小粒で、繊細で、綺麗で、自在で、純粋で、奔放で、深く、手強く、古く、新しく、より密やかで、より残酷で、より美しく、より淫靡な。物語達の住処。見つけ難く、出会い難く。掴み難く、離れ難く。拒まれているかのよう。誘われているかのよう。常よりも惑う。常よりも惑い、けれどそれ故に物語へと落ちて行く瞬間の喜びは常よりも重い。
熱を滾らせ、ひとり、寡黙に、饒舌に願い、高まり行き、達する。凄艶に果てる。濃密な闇に溶ける。赤がひどく似合う。彼等の。物語一つ一つの鮮烈さ。その煌めきと芳香の。甘美さ。存在感と。見過ごせなさ。その一つ一つが珍しく、貴重で、価値あるもの。
そこには多くのものが棲む。そこは多くのものを含む。〈物心ついたときは、すでに物語の海に溺れて〉いたと言う、女王その人の底知れなさを物語るかのように。沼。どこまでも沈んで行ける、沼。ありとあらゆる魅惑が潜む。ありとあらゆる魅惑を内包する。ありとあらゆる魅惑が、快いと息づき、潜み、動いている。生きている。沼のような。
かなり意外な人にも出会う。M・Mに会う。いつにも増して妖じみていて、魔のもののように蠱惑的な、M・Mと。ここにも棲んでいたのか、と思う。しまいには不滅の少女さえ見た。自分は矢川澄子さえ、そこで見た。



影を買う店
影を買う店
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皆川 博子
河出書房新社
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