2018年5月29日火曜日

武田百合子『ことばの食卓』

色々な味、色々な食感、色々な匂い、色々な形、色々な色味、色々な音、色々な状況、色々な心持ち。おかしかったり、奇妙であったり、まずかったり、美味しかったり、変てこであったり、汚かったり、臭かったり、混ぜこぜであったり、ひしめき合っていたり、閑散としていたり、ごみごみとしていたりする。不気味であったり、怪しかったり、胡散臭かったり、艶かしかったり、官能的であったり、生々しかったりする。でこぼことしていたり、ザラザラとしていたり、ねばねばとしていたり、危うかったり、得体が知れなかったりする。狼狽えるようなものであったり、驚くようなものであったり、呆れるようなものであったりする。図々しかったり、厚かましかったり、気まずかったり、気恥ずかしかったり、後ろ暗かったり、突拍子もなかったりする。そう言ったもの達を。食べる。咀嚼する。噛む。噛み砕く。飲む。飲み込む。流し込む。舐める。しゃぶる。転がす。ねぶる。嗅ぐ。吐く。眺める。目をそらす。見つめる。取り込む。溜め込む。出す。消化する。投げ捨てる。素通りする。夢中で。呆然と。何も考えず。何も判断せず。丹念に。ゆっくりと。或いは雑に。慌ただしく。あっさりと。音を立て。静かに。いずれにせよこちらはただその快不快を、好き嫌いを、強く、強く、鮮やかに、痛みのように感じながら。読み続けるだけでよい。 

色々なものがあるし、ない。色々なことをしているし、していない。色々な人がいるし、いない。なんの含みもなく。いずれにせよこちらはただそのあることを、ないことを、いることを、いないことを、強く、強く、鮮やかに、痛みのように感じながら。読み続けるだけでよい。



ことばの食卓 (ちくま文庫)
武田 百合子
筑摩書房
売り上げランキング: 53,255